表現者として/自分の生きた証として

コラム

表現とは

私は今まで自己の表現方法として音楽を選んでいました。
なんかこうやりきれない感情とか、こうしたいんだという熱情をギター、バンドを通して世間に提示して来ました。偉そうですねぇ。
なんかたいそう言い方ですが、ろくに才能の無い中で唯一まともに出来るようになったののが音感でバンドでギターだったんですよね。

高校時代は1980年代です。
出版も音楽も、もちろんテレビやラジオなども自分の表現するにはそれはそれはハードルが高い時代でした。
本当に選ばれし人間だけがたどり着けて自己の表現が出来る、そんな時代。
そのためには人より抜きん出た魅力が無くてはいけないし、実力も伴わないといけない訳です。


しかしネットかそれを一変させました。
一般人でもネット上で映像や音楽、文字として主張など簡単に出来るようになりました。
もちろん誰でも出来るという良い面もあれば、質が落ちたとか多すぎとか弊害も出てます。

個人的には本などの出版物への影響が大きいかなと思います。
ネットの以前は出版社に認められ、売れると思われ、さらに担当が付いて色々細かくチェックされ、校正を繰り返しやっとこさ出版という流れだったはずです。

しかし今は電子書籍で誰でもすぐに出版できる時代になりました。
以前は第三者がきちんと世に出せるクオリティか、商品として価値があるかなど作品に対して目を光らせてたような。
その工程が抜け落ちてしまった結果が、乱造という形になったんでしょうね。


お前はどうなんだ、そんなハイクオリティなモノを作ってるのかとか言われると見も蓋もないのですが。

利点はやはり誰でも作品を世に出せる世の中になったという事ですね。
聞いてくれる、見てくれる、読んでくれるはまだ別問題ですが。

いずれこの手の創作物もAIに取って代わられるんですかねぇ。

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